古き良きイギリスと”品格”に触れる『日の名残り』レビュー
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今回は今まで紹介してきたビジネス書とは打って変わって小説について扱います。今から20年以上も前に出版されたカズオ・イシグロ氏の『日の名残り』です。
小説など滅多に読むことのない僕ですが、この作品を読んで深く感傷に浸ることが出来ました。
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古き良きイギリス文化に触れられる
- “品格"を見つめ直すキッカケになる
- 今自分が本当にしたいことを優先しよう
書籍概要
物語の中心の時代は1920年代から1930年代と、二つの世界大戦の間の出来事です。
その時期にダーリントン・ホールで起こった出来事について主人公スティーブンスが回想していく形で展開されます。
そのきっかけとなったのは現在1956年にスティーブンスが執事として仕える雇い主ファラディ卿の「自分がいない間に旅へ出てはどうか」という言葉でした。
ファラディ卿の優しさに甘え旅に出るべきか、ということさえも思案してしまうほど真面目で忠実なスティーブンスですが、結局度に出ることを決意します。
その旅の中で美しい景色や新しい人と出会いながら、スティーブンスは過去に思いを馳せるのです。
長年仕えた故ダーリントン卿への敬慕、執事の鑑であった亡父、そして女中頭への淡い思いなど…
そこにはEU離脱によって国家分断の最中にある現代の英国とは全く違う、二十世紀前半の伝統的な英国が描かれています。
英国最高の文学賞とされる、ブッカー賞受賞作です。
著者プロフィール
サー・カズオ・イシグロ(Sir Kazuo Ishiguro OBE FRSA FRSL、漢字表記: 石黒 一雄、1954年11月8日 – )は、長崎県出身の日系イギリス人小説家。1989年に長編小説『日の名残り』で英語圏最高の文学賞とされるブッカー賞を、2017年にノーベル文学賞を受賞した。Knight Bachelor。ロンドン在住。
目次
プロローグ:一九五六年七月 ダーリントン・ホールにて
一日目-夜:ソールズベリーにて
二日目-朝:ソールズベリーにて
二日目-午後:ドーセット州モーティマーズ・ポンドにて
三日目-朝:サマセット州トーントンにて
三日目-夜:デボン州タビストック近くのモスクムにて
四日目-午後:コーンウォール州リトル・コンプトンにて
六日目–夜:ウェイマスにて
印象に残った内容
品格とは何たるや
この本で、イギリスのお屋敷に仕える執事についてもちろん全てを知れたわけではありませんが、"品格"というものについて考えさせられました。
品格という言葉を辞書で引くと次のように表現されています。
その人やその物に感じられる気高さや上品さ
気高さや上品さ、ということから良い表現であることは容易に想像がつきます。「あなたは品格の備わっている人ね」と言われてどこか嬉しい気がするわけですね。
物語中に主人公のスティーブンスがこの品格について考える場面が何度か出てきました。
彼の考える「執事としての品格」は自分が考えるものよりもどこか崇高で畏れ多いような印象を受けました。
現代で置き換えると、リッツカールトンなど一流ホテルの有するクレド的なものでしょうか。とても洗練されている印象を受けますよね。
そこで自分が考える品格というものがどんなものかと言うと、「自分を尊重する」ことに他ならないかと思います。いわゆる自尊心、自己の尊厳というやつです。
「自分をいかに大切にできるか」がそのまま自分の気品さにつながると思っています。
もちろんなんでもかんでも自分の思い通りに考える、自己中心的なことを言っているのではありません。
人は他人や社会の目を気にして生きています。そして多くの人が他者を理由に自分を制御してしまいがちです。
そんな時にいかに自分の気持ちに正直になって、想いを体現しようとすることが出来るか、その行動の先にその人の品格というものが現れるような気がします。
結果的に自分の思い通りにならなくてもOK。大切なのは立ち止まって自分の気持ちを考え、それに伴う行動を取れるかです。
何やらまた哲学的な見解を述べてしまいましたが、一小説であっても『日の名残り』はそんなことまで考えさせてくれる作品でした。
時計の針は戻せない
物語の大半はスティーブンスの身の回りに起こった過去の出来事についての回想であった、と上で紹介しました。
それは逆に作者のイシグロ氏が「これを読んだあなたにはスティーブンスの二の舞を踏まないように生きて頂きたい」という想いを込めたからこそなのではないでしょうか。
過去を反芻するスティーブンスも「過去には戻れない」「時計の針は戻せない」と薄々感づいている箇所がいくつかありました。
その気持ちは"後悔"の二文字を生み出します。見ているだけで辛くなる二文字ですね。
イシグロ氏はスティーブンスを通じて「後悔しない選択を」「今を生きてほしい」というメッセージを読者に伝えたかったのだと僕は解釈しています。
それは僕が一つ前で紹介したように、「自分の気持ちに正直になる」という品格を守りながら、今を精一杯生きる大切さを物語っていると言えましょう。
文学作品についてこんなふうに想いを巡らすことも今まで無かったわけではありませんが、ここまで真剣に向き合ったのは初めてかもしれません。
それだけスティーブンスの胸中は印象的でしたし、物語の構成から細部に至るまで非常に好感が持てました。
まとめ
文学というものに無縁だった自分が、「最後まで読みたい」と心から思って読み切れた数少ない作品でした。
物語の最初から最後まで、まさに紳士淑女の体裁を見て取れるような優しい文体で主人公スティーブンスの回想が描かれていました。
時に登場人物が激昂する場面も何とも言い表し難い穏やかさが保たれており、印象深い点でした。
物語の内容、結末自体はイギリス文学や映画に表されるような、とてもハッピーエンドとは言えないものでしたが、”郷愁”という言葉がまさにぴったりの、切なさの中にどこか心温まる何かを感じられました。
同時に「現代において”品格”とは何たるや」を問い続けていきたいと思いました。
その品格というものが自分のためのものなのか、他者のためのものなのか、はたまた社会のためのものなのか、議論に暇はありませんが、考えるに値しうることでしょう。
実用的な何かを学べる本ではもちろんありませんが、自分の日々を振り返り、品格や信念、大切な価値観を改めて考えるよいキッカケを与えてくれる素晴らしい作品です。